LIFE VIDEOがこだわっていくこと
21 June
彼は「話を聞くけれども、それからやるかどうか決める」と言う事でした。僕はこの一年やって来た事を時間軸にそって、まずこうやって、こう思って、そこでこうやって、と話しました。
そしてこのLIFE VIDEOのポイントは、ちゃんとしたディレクターが全体重をかけてその人の人生を切り取る、ということに挑むかどうかだ、と言いました。
LIFE VIDEOについて、この一年色んな試行錯誤とチャレンジをして今誠実に思っている事。それは、人の人生の"すべて"をVIDEOに表すなんて事はできない、ということです。
ある視点で「切り取る」ことしかできないです。
ダイジェスト、という体のいい言葉を使って「順番に並べる」ことは簡単にできるでしょう。でもそれではその人の人生をディレクターとして背負った事にはならない。それを作る人を『ディレクター』とは僕たちは呼びません。
だから〈親孝行パック〉も子供から親へのインタビューをしてもらったシートを何度でも読み込んで、ディレクターが本人のインタビューに向かいます。そこである種の〈挑み〉があると思います。そのインタビュービデオを持って帰ってきて、ディレクターは写真と再構成をして、ナレーションを入れ音楽を付け完成させます。
この"ディレクター"に参加してくれないか、と頼みました。
友人のディレクターは力強く「参加する」と言ってくれました。
テレビ局の財産である貴重なライブラリー映像も使います。プロであるアナウンサーや音楽効果マンが参加します。しかしこのLIFE VIDEOの最大のポイントは、僕も含めディレクターが本気でその人の人生を、全体重をかけて"切り取ろうとする"事だと思っています。
それは客観的な数値にあらわされるものではありません。でも見ていただいたら感じていただけるものだと確信しています。
そう!それは職人、作り手の「こだわり」の末に出てくるものです。
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